寂とした夜の闇の中を進むとやがて、本堂からの一筋の明かりが私たちを迎え入れてくれた。
目指す明かり、茅野市下古田にある真徳寺。そのお寺の副住職・金田さんを取材させて頂いた。
金田さんの表情はとても柔和であり、向かい合うだけで、それだけで心が安らいだ。
真徳寺はどんなお寺ですか?
「真徳寺は鎌倉時代に建立と言われています。800年ほどの歴史があり、現住職(父)が24代目になります。諏訪三十三ヶ所観音霊場巡り(注1)の札所の1つになっているのですが、最近は、霊場巡りで訪れる方もいらっしゃいます。お参りをして、ご朱印をついていただいて。そうやって楽しみをつくりながらお参りをされています。また、6年程前に本堂の天井に植物画家の方にボタニカルアートを書いていただいたのですが、『絵を見せてください』と訪れる方もいらっしゃいます。」
いつ頃から、お坊さんになろうと思われたのですか?
「私はこのお寺で生まれて、子供のころから掃除などのお手伝いをしていました。両親からは一度も『後を継いでほしい』という話しはありませんでした。『高校・大学も好きなところに行っていいよ』と言われていたので、大学では一般の国際学部に入って仏教とは全く関係ない勉強をしていました。高校生の頃からスキーを始めて、大学生のときにはインストラクターをやったりもしました。けれど周囲の人から跡継ぎとして望まれていることは感じていましたし、頭のどこか片隅にはーいつかはお寺を継いでーという思いはありました。
そろそろその思いに区切りをつけようと決心したのは大学生のころです。それまで長かった髪も自分で剃りまして、真言宗智山派の総本山である京都の智積院(ちしゃくいん)というお寺に住まいながら、一年間修行をさせてもらいました。その後、もう少し仏教の勉強をしたかったので、種智院大学に2年間編入して教えを学びながら、奈良にあるお寺で下積み生活を送りました。
—お坊さんの世界は一生修行だーと言われているのですが、『帰って来い』と言われるまでは外に出て教わりたいという思いがあります。
現在は、大きな法要やお葬式などがあるときは真徳寺に戻りますが、年末年始から節分の頃までは松本の牛伏寺に行き、それ以外の日は奈良にあるお寺に入って先輩のお坊さんから教わりながら修行を重ねるという生活を送っています。
どのようなお坊さんになりたいですか?
「先程も檀家さんが『ちょっとお線香をあげにきました』と言って寄られたり、『いいお米が穫れたから持って来たよ』とか、真徳寺は地域の方々との繋がりが強いお寺です。敷居を低くして、誰でも来ていただけるようなお寺にしたいと思いますね。檀家さんでなくても『お経を聞かせてほしい』というような依頼があれば、喜んでお受けします。堅苦しくないお坊さんになりたいですね。金田正隆という1人の人間として付き合ってもらえるようなお坊さんになりたいなと思います。」
お坊さんになって良かったなと思う時はありますか?
「そうですね。悩みや相談事を受けた時に、お答えをすると『ありがとう』と言ってもらった時や、私がお経を読んでいる時、涙を流して聞いてくれる方がいた時などですね。嬉しいと同時に、皆さんのためにもっともっと頑張らなくてはいけないと思いますね。」
若くして人の心と向き合わなくてはいけない大変な仕事ではある。ただ、多くの人がいつの時代も救いを求めているのも事実なのだ。人の心には迷いが多く、また数えきれない程の煩悩がつきまとう。簡単に悟りを開けないのも事実である。そんな迷いを打ち明けたあとも金田さんは「いいのですよそれで。大丈夫ですよ。」と、優しく接してくれるそんな気がする。
取材を終え本堂をあとにする時、ふと振り返ると、そこには、にこやかな表情で見送ってくれる金田さんの姿が明かりの中に見えた。その姿はそっと私の心を見守ってくれている。私にはそう思えた。それはまるで、つい先程本堂で見た大日如来様の様に。
※注1 諏訪三十三観音霊場
諏訪地区には、江戸時代より諏訪百番札所が存在したと言われています。平成に入り、新たに富士見町、茅野市、諏訪市、岡谷市にまたがる33のお寺を巡る「諏訪三十三ヶ所観音霊場」が整備されました。