人物ファイル

森から広がる優しい音色 安川 桃さん/かんなさん

森のオカリナ 樹・音(じゅ・ね)製作、演奏
愛知県出身 1994年一家で原村に移住
NPO法人やすらぎの音楽協会/合同会社hocco
諏訪郡原村17217-315
Tel/Fax 0266-75-3533
e-mail  info@yasuragi-ongaku.org
http://www.yasuragi-ongaku.org/

 

今から約20年前、1994年の年末、安川さん一家5人は名古屋から原村へ移住してきた。時として、幼い子供達は親の決断に翻弄される。まだ4歳だった妹かんなさんはその決断にすんなり従えたが、姉の桃さんは当時小学3年生。名古屋には学校の友達がたくさんいるし、原村は雪がそんなに降らないと聞いていたのにまわりを見渡せば30cmは降り積もっている。1つ年上の兄は名古屋では1年中半ズボン少年だったので急いで冬ズボンを買いに行かなければならない。年が明け、原村の小学校に兄とともに通い始めたが、そこでも子供ながらに文化の違いに驚いた。兄と共に名古屋に帰りたいと思った。前に住んでいた家の庭にテントを張って2人で暮らそうとも思った。結局、実現できなかったがとにかく移住してきた当初は幼心につらかったと桃さんは言う。

樹・音工房ひだまり

かんな「森のオカリナ樹・音は父が開発、製作した楽器です。樹・音が世に出るまで、父は木のオカリナ製作に携わっていたんですが、原村で自分のオリジナル楽器を作りたいと思い、樹・音の開発に取り掛かりました。7年間の闘病生活と共に改良に改良を重ね、2010年3月念願の安川誠オリジナル楽器、樹・音が世に出ることとなりました。そして、その年の8月、父は他界しました。」

「妹のかんなは高校卒業後から父と共に音楽活動をしていたんですが、私はしばらく東京で会社員をしてたんです。でも、父の病状が悪化し始めた頃、家族から手伝ってくれないかと言われ、また原村に戻ってきました。父とは4年ほどいっしょに活動することができました。今は、妹と共に樹・音の輪を広げていっています。」

かんな「樹・音には大きく分けて3種類あります。まず、ソプラノとバリトン。ハ長調のドからレまでの9音階プラス半音。そして、これは、最近開発したんですが、身体的ハンディキャップを負った人でも吹ける樹・音のポーネです。ポーネの中にも2種類あって、穴が1つだけ空いていてドとファだけが出るものと、ドからソまでの音が出るものです。演奏会では、自分の出せる音だけ参加してもらったり、音楽療法や呼気障害のリハビリなどでも使ってもらっています。」

「この小さな木製の楽器を父が建ててくれた樹・音工房「ひだまり」で作成しています。木取りやくり貫きは木工職人さんにお願いしていますが、音階の穴あけ、調整、磨きなどの最終調整はこの工房でやっています。木の種類、硬さ、磨きの加減によって音の感じが全然変わってくるので、心を込めて1つ1つ丁寧に作成しています。」

かんな「材料で使用する樹木もたくさんあります。くるみ、柿、アオダモ、ケヤキ、イチョウなどで作っていますが、柔らかい木や硬い木で音色が変わるところも樹・音の魅力の1つですね。昨年は、木の伐採にふさわしい時期である冬の新月の時に伐採した旬期伐採の木でも作ってみました。伐採や乾燥からこだわった笛は、やっぱり音色が違うねと、言われます。木の生きて来た環境や歴史を考えると、製作する時も、演奏する時も神聖な気持ちになりますね。今年も様々な材で製作していく予定です。」

世代と地域の広がり

かんな「樹・音は自分で作ることができるというところも、もう1つの魅力です。音の調整までは私たちがやりますが、最後の面取り、磨き、蜜蝋ワックス塗りをやるだけでもすごく愛着が湧くんですよ。
長野市や岡谷、諏訪、茅野などの学校では、授業の一環で樹・音作りに取り組んでくれています。樹・音を作って終わりではなく、練習を重ねて近くの保育園や老人ホーム、地域の音楽会で演奏をしてくれたりして・・・。おじいちゃんやおばあちゃんが涙を流して喜んでくれることは、子供達の喜びにも繋がっているようです。
私達の母校、原小学校では3・4年生で取り組んでくれたクラスがありました。その子達は樹・音の材料費も自分達で稼いだらしいんですよ。原村のイベントで自分達が作ったクッキーや廃油石けんを売ったりして。
父の時代は中高年の愛好家が多かった樹・音ですが私たちの代になって年齢層の幅が一気に広がりました。」

「今では、下は4歳から上は沖縄の90代のおばあまで幅広い世代の人達が全国各地で樹・音のサークルを作って活動しています。東日本大震災の後、仙台の避難所を訪れることがあったんです。その時、避難している方に樹・音を作ってもらったんですが、ある年配女性が一生懸命、樹・音を磨いていたんです。顔から雫を垂らしながら一生懸命。始めは汗をかいたのかなと思っていたんですが、涙をポロポロポロポロ流していたんです。震災で一瞬のうちに亡くした家族の事を想って一生懸命磨く。私たちは何も声をかける事はできなかったけど、何かに没頭することで自分自身を癒すことができたのかもしれませんね。」

森の歌声がつなげる優しい気持ち

かんな「今年のイベントで1つ大きなものがあります。詳細は未定なんですが、8月23日(土)山梨県北杜市明野町のハイジの村で『八ヶ岳に響け!!300人の音の輪』というイベントを開催します。樹・音だけではなくリコーダーやハーモニカなど優しい音色の楽器を持って集まって、みんなで音楽を楽しもうというイベントなんです。イベントでは色んな出会いがあるから今から本当にワクワクしてるんですよ。」

「それから、4月27日(日)は『春森』といって、自宅の庭を開放して原村の春を楽しんでもらおうというイベントを開催します。樹・音だけではなく、鳥や草花を観察したりして森の中で自然の声を楽しんでもらいたいなと思っています。」

 

桃さんとカンナさんのお話を聞きながらフッと思い出した歌詞がある。1944年メル・トーメとボブ・ウェルズが作った“The Christmas  Song”の一節、“To kids from one to ninety-two・・・”
「1歳から92歳までの全ての子供達に」と訳される部分だが、人はどんなに年を重ねてもワクワクするものを目の前にすると童心に帰ってしまう。樹・音の音色を聴くと子供の頃の情景が思い浮かび、樹・音を吹くと子供の頃、夢中になった事を思い出すのかもしれない。これからも、桃さんとかんなさん姉妹は父が遺してくれた宝物でかけがえのない出逢いを広げて行くのだろう。そして、今日もどこかで優しい音色が広がっていることだろう。

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